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2024.05.31

第一生命館について

戦後の日本に米からGHQがやってきて拠点としてどの建物を使うかと、

占領軍先遣隊と日本側の間で盛んな駆け引きが続いていたようです。

その一つに東京大学の本郷キャンパスが上げられました。

東大は環境も規模も一括接収できるならGHQすべての部署を一つに収められ都合が良かった。

ところが当時の学長の内田祥三学長が、

「わが校内は、戦中に軍が首都防衛基地として接収しようとしたことがあった。

しかし、ここは学者の死に場所である。と言ったら軍もあきらめた。

それを民主主義をという連合軍が占拠なさるのか。」とゆずらなかった。

そして皇居のお堀端の大通りにある第一生命館と明治生命館が有力候補に上がる。

この二つの建物は隣接しておりどちらかというと明治生命館の方が重厚で華麗な装飾に包まれておりアメリカ人好みのように見ええる。

最終的にはマッカーサー元帥が、明治生命館を見ずして第一生命館を見ただけで決めてしまった。

なぜ・・・
第一生命館は表向き華美ではありませんが、

見えない空調、給排水、電気、エレベーターといった設備系統に

当時のアメリカの最先端技術を取り入れている。

地盤も他のビルとは違い、丸の内、日比谷一帯のヘドロ層に松杭を

何千本も打ち込み建物を持たせていますが、

第一生命館はケーソン工法という地上で作った箱を礫層まで埋めて直接力が伝わるように

造っている。

作り方は決死隊と呼ばれるほど過酷で人の手でヘドロを掻き出し

掻き出した分だけ箱が沈むという具合だったと。


教室くらいの箱を15個沈めて、その上に地下室の壁を作りその上に列柱が建っています。

地下にはボイラーや冷房機、発電機、給排水設備などの設備機器を万が一に備えて

2系統を設置しており、それも国内仕様ではなく当時のアメリカの建築設備基準に

従って作られているそうです。

もしかするとこのような情報も事前にアメリカは把握していたのではないでしょうか。

華美さよりも質をとるマッカーサーの人柄を感じました。

執務室の元は社長室だったそうです。

現在も当時のまま残されていますが、一般公開はされていません。

今の日本の礎を考えられた部屋に、機会があったら触れてみたいです。

田代でした。